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歌旅日記blog版

豊田勇造の歌旅日記
2009年6月6日の記憶その13
一部の休憩終了。
2部大ちゃん
二部は未録音の曲を中心に、YUZOBANDとやることになっている。
ステージに出て行くと、一部よりもずっとお客さんが増えている。
強い日差しを避けて、さっきまで端の日陰にいた人たちも正面に座っている。その正面のずっと向こう、会場の一番後ろのフェンスに大きな吉田一郎君の布オブジェ「ピース大ちゃん」がかかって、風に吹かれている。
じつは、この会場で一番眺めがいいのが、このステージの上。大ちゃんの後ろには、緑の木々が見える。空はすっきり青く晴れている。
気持ちええなあ。
大ちゃんとあべちゃん
吉田くんとは、2008年の秋に大阪の海月文庫の吉田くんの個展のときに初めて会った。すっかり話が盛り上がり、この6月6日のコンサートの話をすると、えらくおもしろがってくれて「6月6日宣伝Tシャツ作ります」といってくれた。Tシャツとすごいジャケットが送られてきて、何度もそれを舞台衣装にして楽しんだ。
そして、6月6日もこの大きな布オブジェを持って、徳島から来てくれたのだ。吉田くん、おおきに!

吉田一郎個展←左・吉田くん。右は・・次回の舞台衣装?
<<今ちょうど、京都の上七軒の町屋ギャラリー、セルフソウで吉田くんの個展をやっているので遊びに行ってきた。大きなコラージュの絵、ふしぎな織りのジャケットやスカーフ、Tシャツなど明るい色の楽しい作品が一杯だ。日曜日まで。セルフソウ・アートギャラリーは、今出川六軒町通りを少し上がる。2010年10月15日>>
<写真上2点=吉田一郎 下=hibari>
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 15:01 | - | - | - | - |
2009年6月6日の記憶その12
いい天気
さて一部が終わって、楽屋に戻り時計を見ると2時40分。1時間40分たっていた。今日は、1時間40分演奏して20分の休憩を3回、そしてアンコールと思っているので、予定通り。えらくスムーズな進行だ。
まずはお茶を一杯。それからトイレに行って顔も洗う。窓から外を見るとまだまだ会場にやってくる人たちがいる。予想以上のお客さんの数になりそうで、うれしいことだ。雨も降らず、野外コンサート日和になったし。
楽屋に戻ってコーヒーを飲んだり、差し入れを食べたりした。このとき食べた柿の葉寿司、ほんまにうまかった。「ビール、飲みたいなあ」と思うたけど、まだこれから先は長いさかい、と思うて辛抱した。
ばんばくんばんばん
楽屋にばんばひろふみくんと北山謙くんが来てくれたので、舞台に出てもらってすこし挨拶してもらった。2人ともお互い高校生ときからの音楽友だち。そのころばんばくんは俺の歌(たしか「思い出」というラヴソング)をレパートリーにしてくれていた。
ギタークルーのキムラくん、2部に使うギターのメンテをして、ステージに持って行ってくれる。バンドのメンバーたちと2部の出入りの打合せを少し。
それから、あんまり疲れてへんけどソファーでちょっと横になった。いつもやったら、これでライブは終りやけど、今日はこれから2セットとアンコールがあるもんな。
だれかが差し入れてくれた高そうな栄養ドリンクがあったので、ふだんはこういうのは飲まへんけど、念のため飲んどいた。
(この休憩のとき、会場のビール売り場ではビールがあっという間に売り切れ、暴動が起こりそうであったと後日聞いた。すぐ追加注文して運び込まれたので、暴動にはいたらんかった。ビールが届くまでの間、南風楽天の某槙野氏はどさくさにまぎれてワインを売りまくっていたらしい。なおビールの売上げはコンサートの運営費に充てられた)
海月文庫販売は海月文庫チーム
<写真3点とも=mintjam>
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 14:05 | - | - | - | - |
2009年6月6日の記憶その11
15曲目、1部のラストは勇造チルドレンたちと「走れアルマジロ」。
チルドレンたちは(自分たちでは「勝手にアルマジロたち」といっていたかな?)東京から五十嵐正史&ソウルブラザーズ(森田博、浅田研、山村剛、五十嵐仁)、碧(よう介、TAKE)、森田大地、関西から砂布均、カンチ、中村達紀。彼らは、前日に高槻の南風楽天での「前夜祭」ですでに「走れアルマジロ」を一緒に歌っているせいか、リハサールなしだったのにいい歌と演奏だった。
arumajiro
「走れアルマジロ」の歌は、なぜアルマジロ?とよくたずねられる。この歌を作って初めて拾得で歌おうとした時、リハを聞いていた拾得のテリーが「リフレインがあったほうがええなあ。うん、アルマジロなんかどうや?」
と言ってくれたのが、「走れアルマジロ」の現在の形とリフレインが生まれるきっかけになった(はず)。
自分では闘うすべを持たず、何かのときにはくるっと身を包み、無事と分かれば短い足で一目散に駆けていく。そんなアルマジロの姿もかわいくて、このタイトルになったはず。
「あんなにたくさんの若者たちが勇造の歌をうたうなんて、あのシーンよかったなあ」と、後日何人もの人が言ってくれた。
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 15:23 | - | - | - | - |
2009年6月6日の記憶 その10
さて12曲目は「雲遊天下」。ここでこの日初めてのYUZOBANDの登場。心配していた天気、昨日まで雨だったのが今日は朝は曇っていたものの、午後から晴れ渡り、真っ青な空の下で歌う「雲遊天下」は格別だった。
13曲目は「チャオプラヤ河に抱かれて」。コンサートの曲順は、自分の気持ちの流れに合わせて決めることもあるけれど、演奏のスムーズさ、たとえばカポタストを一曲ごとにはめ変えなくてもすむような曲順で選ぶこともある。12曲目と13曲目はその流れ。
14曲目は「高野グランドマンションのブルーズ」。
takano
ギブソン345に持ち替える。このコンサートが決まったとき、「60歳だから赤いちゃんちゃんこを着るんですか?」と何人かの人にいわれた。「俺は赤いちゃんちゃんこは苦手。その代わりに、真っ赤なエレキギターで弾くさかい」とそのとき答えておいた、そのエレキギターでブルーズを弾いた。
バンドのメンバーはみんなブルーズが大好きで、達者。会場がこの一曲で急になごみ出した。
ところで、ドラムの永見君の前には布をかけた囲い板があったのがわかっただろうか。これについてはいづれまた詳しく。
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 20:21 | - | - | - | - |
2009年6月6日の記憶その9
羽栗君は28歳!
次にギターの羽栗唯明くんとユン・ツボタジくんをステージに呼び出した。彼らとは、京都の中京区にある料理屋「松粂」でのライブの時に店主で主催者の中村君が「うちのスタッフで音楽してる人が2人いるのやけど」と声をかけられ、松粂で一緒にセッションしたのが出会い。
年に1,2回しか演ることはなかったけれど、今回はぜひいっしょに演りたかった。
ドクターも一緒に「スィートホーム京都」。歌い始めると、ステージからいろいろな人の顔が見え、つい「そこはきみの町、きみのふるさと、小樽」とか「クアラルンプール」とか「広島」とか「博多」とか。目に入った人達の暮らす町の名前を即興で入れた。
ドクター退場
9曲めは「小松ちゃん」。このときもステージ上から小松ちゃんの家族や彼をよく知っていた人達の姿が見えてうれしかった。
10曲めは「私の上に降る雪は」。たしか高校2年生のときに同級生の入江君の家で中原中也の「私の上に降る雪は」の詩を読み、そこでメロディをつけた・・と思うのやけど。この曲はシンプルに短めに、そして間奏では口笛を吹こうと決めていた。口笛のサウンドは大好きやから。
小松ちゃんを偲ぶ会の月酔忌で、小松ちゃんの友達から『6月6日必ず行くので、「私の上に降る雪は」を歌ってね』と言われていた。そこで「小松ちゃん」の歌の後に続けてこの曲を歌った。小松ちゃんも中原中也が大好きやった。
                        <写真=佐々木米市>
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 23:28 | - | - | - | - |
2009年6月6日円山音楽堂の記憶 その8
勇造
ソロで「海の始まり」「ハンクウィリアムスを聴きながら」「背中」と3曲演ってからYUZO BANDのギター仲くんを呼び出して、ふたりで2曲。
ところが、J200のギターのマイクからPA(音響システム)への音の送りに不都合が発生。いろいろやってみるが原因不明。いつもならけっこうあせるはずが、なぜかふしぎと落ち着いて対応できた。
けっきょく、不調のギターマイクは使わず、ギターの前に立てたマイクでギターの音を拾うことにした。
ドクター兼松
ピアニカのドクター兼松とふたりで「憧れのジャマイカ」。〜酒の一杯はもう一杯を呼び〜」と歌い出すと、大きな拍手。今日はええ聴き手で一杯や。
                             <写真=佐々木米市>
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 16:02 | - | - | - | - |
2009年6月6日円山音楽堂の記憶 その7
海の始まり
6時間60曲の1曲目にはぜひこの歌、と決めていたのは「海の始まり」。ギターはギブソンのアドバンスト・ジャンボ。
最後のフレーズ、〜俺の海の始まり、を歌い右手のリズムをだんだん早くしてゆき、最後は全速で終わる。
6時間やさかい、少し手心を加えて・・とか思わんで目いっぱい速くやった。曲が終わると、たくさんの拍手が来た。
ライブは1曲目の出来でだいたいその日の調子がわかる。今日はなかなかええ感じでやれる、と思うた。
けど、なんせ今日は6時間。どんなハプニングがあるかも分からへん。
2曲目の「ハンク・ウィリアムスを聴きながら」だったか3曲目の「背中」を歌っているとき、目の前を一匹の蝶々がひらひらと飛んで、すーっと左腕にとまった。
蝶々はそれから足元でしばらく休んでから、どこかへ飛んで行った。
足元に蝶々が
蝶々を見ながら、ふと「うちのおかちゃん、聴きにきてくれたんかもしれへんな」と思う。
親代わりのような生家の隣の家のおじさんが亡くなったとき、「店先に蝶々がやってきて、しばらく店の中を飛んでから外に出て行ったんや。お別れに来やはったんや」と母が話してくれたことがあった。
歌うたい、歌いながら、いろんなことを頭の中で考えている。だからといって歌や演奏に集中していないかというわけではなく、なんか余裕があるときはこんな感じ。
<写真=mintjam>


| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 11:07 | - | - | - | - |
2009年6月6日円山音楽堂の記憶 その6
演ります
勇造さんです!
リハもおわり、弁当も半分食べ、打ち合わせも終わった。舞台袖から客席を見てみると、もうかなりの人達が入場してる。
「あれ、思うてたより沢山の人が来てくれるかも」と思った。客席の一番後ろのフェンスの上には「ピース大ちゃん」が大きな手を広げて立っている。「大ちゃん」とその横の「飛人(ピート)くん」は徳島在住の布作家吉田一郎くんの作品。「勇造さんのコンサート面白そうやから大ちゃんで参加しますわ」と徳島からやってきて今朝から飾り付けしてくれた。
雨やったら、飾れへんかったので、今日の晴れがいっそう嬉しい。
楽屋に戻り、コーヒーを飲んだり、塩水でうがいをしたり、ちょっと体をほぐしたり、着替えたりする。そんなことをしながら、曲順・構成をもう一度頭に入れる。今日は長丁場やし、音が出せる最後の時間も決まっているので、進行が遅れるわけにはいかへん。
そうこうするうちに、舞台監督のまっちゃん(神戸でライブを主催してくれる松本史郎くん)が、「勇造さん、1時ですがどうしますか。もう少し押しますか、始めますか?」と聞く。
一瞬、もう少し待とうかとも考えたけど、「演ります」とギターを肩にかけながら舞台へ出て行った。
司会の坂本英樹くんが俺の名を呼ぶ。沢山のお客さんの姿が見える。
                                 <写真=浅井英美>
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 11:29 | - | - | - | - |
2009年6月6日円山音楽堂の記憶 その5
12時なのにまだ?
ついに開場
どんどん入場

リハーサルが終わって楽屋に戻り、まずしたのは、腹ごしらえ。
ピアノの続木徹君が「これはなかなかええ弁当やで」と言いながらおいしそうに食べている。みんな全部食べていたけれど、俺は半分にしておいた。満腹になると、声が出にくくなるから。
それから、ギターの弦を何度もひっぱって、なじませた。ギター・クルーのキムラくんがチューニングしてくれたり、舞台のギターシールドをさばいてくれたり、いろんなことをてきぱきとやってくれる。
それから、舞台裏で一部と二部の最後に一緒に歌ってくれる勇造チルドレンたちと舞台の上での並び方を相談する。ビデオ撮影があるので、客席から見て左側から、歌う順に並んでもらうことにする。一部では「走れアルマジロ」、二部では「米」と「満月」をやることになっている。
この日舞台に上がってもらった勇造チルドレンたちは、じつはほとんどがこの日の舞台裏スタッフでもある。東京から来てくれた五十嵐正史&ソウルブラザーズ、森田大地君、地元関西のカンチくん、キムラくん、砂布均くんたたちだ。
きのうは「勝手に前夜祭」でこのメンバーで高槻の南風楽天でライブ、今日も朝早くの器材搬入から働いてくれている。
                       <写真=佐々木米市>

| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 11:49 | - | - | - | - |
2009年6月6日円山音楽堂の記憶 その4
勇造チルドレン?たち

門の前では・・
ナガミ君は弁当2回食べるかも知れんけど、でずっぱりのこちらは、何回、いや全部食べられるかどうか。
そして、メンバーが揃ったところで、リハーサル開始。
各メンバーがおのおのの位置に立って、順番に音を出していく。
リハーサルのときの音の響き具合で「今日はええ感じになるぞ」とか「今日はやりにくいかも」とその日のことがわかる。
今日の俺のボーカル、なかなかええ感じで一声目が出せる。「今日は長い時間歌うても大丈夫」やと思う。
俺のソロ、そして仲君とのジョイント、それからドクター兼松と、という具合に今日の流れに沿って始めから最後までひととおりやってみた。
ひととおり、といっても曲の一番だけとか、ほんのさわりのとことか。
勇造チルドレンたちとのリハーサルも、立つ位置だけの確認やけど、やった。かれらは関西だけでなく遠くからもお祝いにやって来てくれた若者たち。中にはあまり若くない人もいたけど、それも愛嬌。
ステージに出るみんながとても楽しそう。
「もう開場時間です」と言われるちょうどそのころ、リハーサルがやっと終わった。15分ぐらい過ぎてた。あと1時間足らずで本番や。
<写真=佐々木米市>
| 6月6日円山音楽堂の記憶 | 15:19 | - | - | - | - |